鹿島神宮の大鳥居

鹿島神宮の大鳥居

東日本大震災で倒壊した鹿島神宮の大鳥居のその後が気になり、ほぼ2年ぶりに鹿島神宮を訪れました。

楼門
参道をまっすぐ行くと、見えてくるはずの大鳥居の姿はなし、柱が建っていた場所には土盛りがあり、その場の建て看板を見ると、大鳥居は平成26年に再建されるとのこと、再建予定の大鳥居は木製鹿島鳥居型になるそうです。

鹿島神宮楼門

地震で崩れたのは2つの鳥居のみ、楼門や社殿は無事のようでした。

スポンサードリンク

鹿島神宮の由緒を調べてみると、鹿島神宮は常陸の国の一宮、祭神はたけみかづちの大神、この神様は藤原氏の氏神で、奈良の春日大社へはここから祭神が勧請され、神使である鹿もここから春日大社へ連れて行かれたそうです。

また、朝廷により鹿島神宮は東北の守護神とされたため、社殿が北向きに建てられ、分社も鹿島神宮より北に多く建てられました。

延喜式の神名帳では、神宮の名前がつけられているのは、鹿島神宮、香取神宮、伊勢神宮だけだそうです。

参道横

鹿島神宮駅から見るとこんもりと茂る緑深い森が見えます。この森全体が神の森として延々と守られてきたのでしょう。

参道

参道には巨木が立ち並び影を落とします。この先には鹿たちが大切に飼育されており、おやつもあげられます。おやつはニンジン、人懐こいので撫でても逃げません。

奥宮

奥宮まで歩くと、要石への順路が示されています。大ナマズの頭を押さえて、地震を封じると言われているそうですが、水戸黄門が7日7晩の間石の周囲を掘らせても、掘った穴が翌日には元に戻り、とうとう石の真相を確かめることができなかったそうです。

わからないとなると知りたくなるのが人情ですが、この要石のおかげで震災被害が鳥居だけにとどまったのかもしれません。

常陸道中記によると、江戸時代には、著者の十返舎十九も鹿島神宮を訪れて、「売掛のかしまの神にいのらなん、古借銭もはらひたまへと」と狂歌を読んでいます。当時も観光名所だったんですね。

今、鹿嶋は、塚原卜伝に湧いていましたね。BS時代劇で放映された「剣聖・塚原ト伝」を大河ドラマにしようと・・・

塚原卜伝像

卜伝は鹿島の剣術名家に生まれ、塚原家に養子に入り、その後、運命のように剣の道へと進みました。500年も前の人なので、詳細な資料は残っていないでしょうが、そのおかげで卜伝について色々と想像を掻き立てられます。

塚原卜伝DVD

塚原卜伝 DVD-BOX

鹿島神宮でロケが行われていたので、境内にはロケ場所の案内がありました。塚原卜伝十二番勝負 (PHP文庫)がこのドラマの原作です。

血気盛んでひたすら剣の腕を磨くことしか考えなかった若い卜伝が、次第に精神面で成長し、剣の腕も上達していく様が良く描かれています。大河ドラマのような長編でも良いかなと思える作品でした。

さて、広い境内を歩き回るとお腹がすきます、参道にはお蕎麦屋さんが立ち並び、十割、九割、八割とお蕎麦の種類を選べます、また、御手洗池横には休憩所があり、軽食も食べられます。お団子がお勧めですが、この日はかき氷が恋しいほど暑い日でした。

スポンサードリンク