宗吾霊堂の桜と ズタボロ青電

宗吾霊堂の桜と ズタボロ青電

はっきりしない天気が続きますね。午前中買い物に行ったスーパマーケットの冷凍食品売り場は、まさに極寒の寒さでした。

でも、桜の花はどんどん開花が進んでるはず、それで八鶴湖に行こうかなと調べたら、八鶴湖の桜はまだ6分咲きだそうで、もう一週間待った方がよさそうです。次に思いついたのが宗吾霊堂、近くに京成電鉄の宗吾車両基地もあることだし、今日のお出かけは宗吾霊堂に決まり。

先日、赤電を見送りに来たばかりの宗度参道駅、相変わらず閑散としています。

今朝はファイアーオレンジがここを通って回送されたはずで、そのファイアーオレンジはこち亀電車と仲良く車両基地の端っこに並んでいました。

道順として、宗吾霊堂へ行く前に車両基地をぐるっと散歩、どこかリバイバルカラーが置いてあるかもしれません。

スカイライナー

車両基地に沿って歩いて行くと、保存されている初代スカイライナーが見えました。

この初代スカイライナーの現役時代はさすがに知らなくて、最初は、鋸山ロープウェイのゴンドラかと思ってしまいました。

初代スカイライナーの並びには、初代赤電と青電も保存されています。

金網越しなので、ちょっと撮影するには無理あり・・・

さらに奥へと進んで行くと、うわ!出た・・・

青電

ズタボロボロボロの青電・・・・・

赤電もオレンジもこういう運命なのね、と思うと複雑、つい先日まで現役で運用されていた車両ですから。

赤電もオレンジも、まだ手つかずの状態でしたが、いつこうなる事やら。

何だかがっくりして、宗吾霊堂へ向かいます。

宗吾霊堂

宗吾霊堂の正式名称は鳴鐘山東勝寺宗吾霊堂です。

このお寺は、坂上田村麻呂が房総を平定した時、その時の戦いの戦没者供養のために建立されました。

さらに、将軍へ直訴をして磔になったと言われる佐倉惣五郎の菩提寺になり宗吾霊堂と呼ばれるようになったということです。

桜

惣五郎が佐倉藩の年貢取り立てへの不満から1652年に将軍家へ直訴して・・・・という話は歌舞伎の演目の素話でもあり有名ですね。

でも実際には、直訴した相手は将軍ではなく、祟りの話も無かったというのが真実のようですが、惣五郎は実在の人物です。

歌舞伎の演目というのは、ちょっと有名になった事件に枝葉を付けて、時代設定を変えて、遠まわしに世の中を風刺する目的もあったので、核となった真実がどこまで反映されているのかは分かりません。

桜

祟りも、江戸庶民の好きな題材です。

江戸時代には定期的に麻疹が流行り、大人から子供まで大勢が亡くなっていましたから、惣五郎の磔事件の後で麻疹が流行って大勢が犠牲になり、それを庶民が惣五郎の祟りと呼んだのかもしれません。

何にせよ、江戸の人々の惣五郎に対する畏怖の念が、この宗吾霊堂を守ってきた原動力になったとも言えます。

お寺はきれいに手入れされていて、古木が多く、毎年見事な桜の花が咲きますね。

桜

桜だけでなく、椿や紫陽花などの木も多くて、一年中花が絶えないお寺です。

広い境内を一周した後は、本堂でナスの根付を購入、財布に付けると良いそうです。

そして、仁王門のすぐ外のお店で木下煎餅も購入、薄焼がとても美味しく、電車の中でばりばり食べたかったのですが、家まで我慢しました。

ちなみに木下は、成田我孫子線の木下のことです。

さて次のお花見は東金の八鶴湖かな・・・