終着駅・上野

終着駅・上野

E6系甲種輸送を撮影した帰り、上野駅が終着駅から通過駅へに変貌する前に、今の上野駅の姿を撮影しておこうと思い上野駅へ行くことにしました。

上野駅というと、スーパーひたちやフレッシュひたちに乗る際に必ず立ち寄る駅でもあり、上野動物園や美術館に行くときにも利用する駅です。

上野駅のまわりは多少は変化があるものの、雰囲気はあまり昔と変わっていないように感じます。

しかし、終着駅から通過駅にへと変わってしまえば、人の流れの変化と共に、上野駅周辺も変化せざるを得ないでしょう。

信号

高架工事が終了した上野駅最上階には、すでにこんな信号が取り付けられています。

大きく貼られたバッテンが取られると、いよいよ東京駅までの直通運転が開始されるわけですね。

車止め

スーパーひたちの先には車止めが見えます。

この地上階はどうなるのでしょうね。

在来線全てが東京駅始発にならず、一部上野駅始発のままで残るようです。

常磐線各停と特急のひたちは上野駅始発にしておいてほしいな・・・・・

点検

もし、ひたちが上野始発でなくなれば、こんな点検風景も見られなくなります。

そういえば、渋谷の東急が始発でなくなってしまい、渋谷にオフィスを借りた意味がないと言っていた人がいました。

それに、渋谷で途中下車する乗客数も減ったとか、鉄道を利用する人、しない人、色々ありますね。

上野はどうなんでしょう??

今は、パンダがいますから乗降客も多いでしょうけど。

車止め

2階に目を向けると、そこにも車止めが見えました。

12番線だから、常磐線ホームです。

乗り換えは、確かにちょっと不便な上野駅ですけど、馴れればスムーズ。

啄木碑

地上階に入ると、どーんと目に入る石川啄木の歌碑、かつては東北方面から東京へ上京してくるときの玄関口でした。

中学を卒業してすぐに集団就職で上京、始めてみる東京が上野・・・・集団就職した人達はかつて金の卵と呼ばれました。

しかし、集団就職のための就職列車が到着した18番ホームは上野駅から消えました。

上野駅の敷地は、古地図で見ると、もともと上野寛永寺の所領地だったようです。

徳川将軍家によって庇護されてきた寛永寺は、ものすごーく広大な領地を所有していました。

明治以後、多くの領地は政府によって没収、その一部に上野駅が建てられたのです。

橋梁

上野駅構内には、こんな橋梁も。

構内に橋梁があるのも珍しいと思います。

危うく見逃す所でした。

この上野駅は昭和7年に建築されたもので、文化財級の建物ですね。

あちこちに、建築当時の装飾品が残っているようですが、今回は探しませんでした。

次回は、駅舎に残る昭和の面影を見つけようかなと思っています。

この上野駅が、没個性で無機質なコンクリート駅舎に建てかえられないことを祈ります。