EF65-1104・DE10-1571・EF81-95・185系

EF65-1104・DE10-1571・EF81-95・185系

応仁の乱の特集番組を見ました。

応仁の乱は、畠山氏の跡目争いが発端ですが、それに乗じて欲を満たそうと様々な人が参戦。

結果、京都は焼け野原になりました。

突き詰めれば私利私欲のための戦いですが、応仁の乱で大きく変わったことがふたつ。

ひとつは室町幕府滅亡に拍車がかかったこと、もうひとつは朝倉氏を斯波氏の代わりにしたことで、戦国時代につながる下剋上が正当化されたことです。

もともと、室町幕府の幕府というのは名前だけで、最強のナンバー2であった鎌倉北条氏を滅ぼしたあと京都に移ったことがそもそもの間違い。

足利幕府が機能していたのは3代目までで、あとはたいした将軍はいなかったと思いますね。

くじ引きで将軍を決めたりとか・・・・もうボロボロ・・・

そんな足利幕府と応仁の乱ですが、これから新たな資料が見つかれば歴史の見方も変わるかも。

さて、またまた房総向けの工臨のため、御津からバラストを積んだホキが戻ります。

それをまた撮影するため、雨の中小岩へ。

EF65-1104半ロンチキ返空

ホキの前に、EF65-1104の半ロンチキ返空がありました。

このEF65-1104を撮影したのは、本当に久しぶり。

最近この手の工臨には縁がなかったなあ・・・・

EF81-95ホキ工臨

しばらくして、水戸からばらすとを積んだ8ホキを牽いてきたEF81-95が通過。

たまには別の機関車でも良いですけど。

ホキの行先を確認して、雨だったので、早々に帰宅するため新小岩駅へ。

運が良ければ、電車に乗る前に逆エンドのDE10-1571を撮影できるかもとホームで待ちました。

DE10-1571逆エンド

電車を待っていた場所で、先ほどの半ロンチキを越中島まで運ぶ逆エンドのDE10-1571を撮影できました。

確かに逆エンド。

これで安心して千葉に帰れます。

185系B2編成団体

千葉に戻ると、団体表示が見えたので撮影できるホームへ。

この日に185系の設定があったとは知りませんでした。

どうも内房線から来たようですね。

前回も確かこのB2編成を内房線んで撮影したような・・・・・???

たまにはブロック来ないかな・・・・と思ったりします。

撮影はこれで終了。

雨のせいか疲れました。