485系華回送とEF64-1046

485系華回送とEF64-1046

先日、三方ヶ原の戦いの特集をテレビで見ました。

武田信玄率いる赤軍団は、その名前を聞けば皆が恐れ逃げてしまうほどの強さ。

でも、その信玄も病気には勝てず、三方ヶ原の戦いの後、長篠城で療養したにも関わらず亡くなっています。

そんなに病状が悪化しているのに、果たして信玄は戦場にまで来ていたんでしょうか???

労咳にしろ癌にしろ、末期だったらやせ細って馬にも輿にも乗れなかったと思います。

信玄の病状は重臣のごく一部の人しか知らなくて、表に出るのは影武者で、当の信玄は大きな柳行李のなかに綿入れにくるまれて運ばれていたとか??

一目で病と分かる信玄を、誰の目にもふれるようなところには置いていなかったと思うんですよね。

家康も信長もだれもかれも、当時は間者を放って情報を探っていたわけで、信玄の病状が広まれば、周囲が手を組んで攻めて来たかもしれませんし・・・・・

まあ・・・歴史の真実は闇の中なので、なんとでも推測できますけど。

さて、毎度地味な鉄撮影。

この日は485華の回送と久しぶりに鹿島貨物にカムバックしてきたEF64-1046の撮影に向かいます。

ケヨ34

京葉線から外房線ユーターンでマリ区に入る華を撮影し、鹿島貨物の撮影に行くとなると、撮影場所は限られます。

それで、比較的動きやすい蘇我駅で待つことにしました。

華を待っていると、まず来たのは外房線直通の209系ケヨ34。

485系華

しばらくして、ケヨ34の後を追うように、京葉線から外房線へ向かう485系華が来ました。

この華は、翌日の君津市民号になります。

昨年はニューなのはなでしたっけ。

華を見送り、さて、鹿島貨物だと移動する前に、もう一つ撮影しておこうとホームの浜野寄りに。

255系特急わかしお

ダイヤ改正で昼の運用に復帰した255系の特急わかしおです。

これで蘇我駅の撮影は終了、移動することにしました。

EF64-1046

ひどく暑い日で、あまり待たずに、しかも歩かずに済む場所を選んで待機。

この春以来の久しぶりのEF64-1046は、ピッカピッカでした。

ただ、この日は後ろのトランシーがなかったため、ちょっと短め。

結構なスピードでEF64-1046は通過していきました。

これで、撮影は終了。

帰りの電車から東千葉当たりを見ていると、E257系で乗務員訓練をしていました。