DE10-1704試単と千葉開府890年だっぺ???

DE10-1704試単と千葉開府890年だっぺ???

千葉市の由来が千葉氏というのは自然のこと。

同じような由来として、足利は足利氏、江戸は江戸氏、伊丹は伊丹市、伊勢は伊勢氏など。

古いものになると、尾張は尾張氏、新しいものでは豊田市は豊田自動車など、最後のは少し由来が違うか・・・・

今年は千葉開府890年ということで、千葉モノレールでは記念の890年号が走っています。

千葉氏のルーツは桓武天皇ということですが、実際のところ、嫡流が上総氏、千葉氏は庶流になるようです。

千葉市というと、亥鼻にドドーンとお城が見えますが、あれは郷土資料館で、亥鼻には千葉氏のお城はなかったというのが今の定説のようでした。

それに、千葉氏のころには天守閣のあるお城などなかったはずなので、あったとすれば、大きな木造平屋の砦を兼ねたお屋敷だったでしょう。

千葉県には、蘇我氏由来の蘇我、物部氏由来の物井などの地名も残っていて、意外に歴史が古そうですね。

さて、昨日は1号線を千葉開府890年号が走ったので、それを踏まえて、木更津常駐DE10-1704の試単も本千葉で撮影。

DE10-1704

入換は常駐交代のときに木更津で撮影したので、この日はお帰りだけ。

そういえばハズがDE10の模型を買ってくれたので、どこかに飾ろう。

この試単を撮影した後、駅を出て県庁前へ。

ちょうど千葉開府890年号が出発した直後だったので、撮影場所を探してうろうろしました。

桜と千葉開府890年号

まだ2月だというのに桜が咲いていたので、桜と千葉開府890年号をツーショット。

桜と言ってもまだ2分か3分咲き、この2日間の暖かさでもっと開くかもしれませんけど。

ビルと千葉開府890年号

せっかくなので、現代的な建築とツーショットしようと、高層マンションが見える場所で次を待ちました。

千葉氏の嫡流はとうに滅んでしまいましたが、今の千葉を見たらびっくりするかな・・・

亥鼻に千葉氏のお城はなかったということですが、実証できる書物、文章が何も残っていないことと、亥鼻で発掘された遺物がお城を指し示すものではないからということです。

でも、千葉氏という名前は源頼朝と一緒に残っているし、実在していたことは確かでしょう。

千葉開府890年号

短い1号線では、撮影場所がなかなか見つからず、次の撮影は結局ここ・・・・

空の色も悪いしで、イマイチパッとしません。

栄町駅前

最後はこのカーブ。

ここも桜の名所なんですが、さすがにソメイヨシノはまだ咲きそうにありませんでした。

千葉氏の妙見信仰は有名で、千葉市内の神社仏閣は北極星や北斗七星をあしらった家紋を用いるところが多いですね。

890年号車内

さて、木更津常駐DE10つながりとして、木更津には鎌足という地名がありますが、ここは藤原鎌足の母の出身地ということらしいです。

有名な鎌足桜は、木更津在来種の山桜。

そして、難読地名の飯給(いたぶ)は、天智天皇の皇子である大友皇子が壬申の乱の際に逃れてきたとき、村人が皇子一行にご飯をあげたという言い伝えが由来。

この大友皇子の妃が耳面刀自媛で、耳面刀自媛は藤原鎌足の娘というつながりです。

ややこしい・・・だっぺ。