京成電鉄千原線 行き止まり

京成電鉄千原線 行き止まり

以前から、京成電鉄千原線のちはら台駅先にある行き止まりを見たいと思っていました。

千葉急行時代に、海士有木まで延長される予定だった現千原線は、ちはら台駅の先で突然終わっています。

しかし、線路が敷かれるはずだった場所は、今も雑草が生い茂ったまま残されていました。

地図で調べると、線路予定地は村田川手前まで続いていますが、その先の土地買収はされていないようでした。

線路

駅から5分ほど歩いた道路から見ると、いきなり線路が無くなっていることがわかります。

終点

近くで見ると、線路がバラストの中に埋もれているようです。

終わり

線路の先に、車止めの標識が立っています。部分廃止なので、第2種が立てられたのかな??

まだ延長期限は残っているので、もしかしたら、海士有木まで延長されるかも・・・

ちはら台駅の周辺には、商店らしいものも、コンビニも何もないため、線路だけ撮影して終了、でも、これだけだと寂しいので、おゆみ野駅で途中下車して、旧椎名村役場を見に行くことにしました。

旧椎名村役場

昭和7年に建てられた旧椎名村役場、以前は椎名市民センターでしたが、最近椎名連絡所に変更されました。隣にはJAがあります。

旧椎名村役場

この板壁は、市原市内にある平三簡易郵便局と同じような色ですし、外観は浜野にある旧生浜町役場に似ています。

昭和7年築なのだから保存していくのかな??保存してほしいけれど・・・・

鳥居

旧椎名村役場の後には熊野神社の立派な鳥居が見えます。せっかくここまで来たので、お参りしていくことにしました。

ほぞ

かなり急で、しかも左右に曲がりくねる階段と坂道を登りきると、真っ赤な本殿が見えましたが、現在、修復中で、内部を撮影するのはちょっとはばかれました。

足元には、ほぞとほぞ穴が彫られた柱、土台に使われるそうです。

熊野神社

この熊野神社は、小高い山の上の狭い平地に建てられています。

修復中の宮大工さんに聞いたところ、この熊野神社の起源はかなり古いということで、本殿内部の壁には、色あせた奉納絵が掛かっていました。

色々と話を聞かせてもらいましたが、仕事の邪魔をしてはいけないので、早々に下に降りました。

この辺りの椎名という地名の由来は、千葉氏一族の中でも名門の一族であった椎名氏からで、椎名氏はこの辺りを支配していましたが、その後、匝瑳に居を移します。

一通り見たいものを見たので、さあ帰ろうとしたとき、ふと右方向を見ると、創立140年という文字が見えました。

何かなとおもったら市立椎名小学校が創立140年ということ、歴史ある小学校ですね。

この日は、京成千原線のデッドエンドを見るだけと思っていたのに、思わぬ出会いがありました。

この近くには、城跡や古墳もあるそうなので、また来たいと思っています。